『ウンコブレーカー外伝』
作者の受難 ―Web公開編―

作者が最初にWebを公開したのは、1999年のことだと観測している。

あの頃は、市販のソフトウェアを使わなくてもよかった。

Windows標準のメモ帳を開く。

<html>
<body>
こんにちは
</body>
</html>

書く。

保存する。

FTPでレンタルサーバーへアップロードする。

終わり。

その頃のパソコンオタクなら、それくらいは普通にできた。

もちろんDNSという言葉も知っている。

ドメインとIPアドレスの関係も知っている。

ネームサーバーも知っている。

約30年前の作者にとって、Webサイトを公開することは、それほど難しいことではなかった。

そして文明は進んだ。

約30年後。

パソコンを持っていなくても、タブレット端末からWebサイトを作れる時代になっていた。

作者は思った。

「便利になったなあ。」

そして、ChatGPTに相談した。

「Webサイトを公開したいんですが、維持費を安くしたいです。」

ChatGPTは答えた。

「もちろんです。」

作者は安心した。

約30年前より文明は進歩している。

AIまでいる。

きっと昔より簡単だ。

そう思った。

まず、独自ドメインを取得した。

次に、そのサイト経由でレンタルサーバーを契約した。

契約手続きは進んだ。

料金も確認した。

サーバーも用意された。

ここまでは問題ない。

作者は自分のドメインを設定しようとした。

そして、そこで最初の異変が起きた。

「……あれ?」

自分が持っているドメインを入力する。

設定画面を見る。

もう一度確認する。

「……使えない?」

自分で取得したドメインなのだから、使えるはずだ。

そう思って調べる。

すると、契約したサービスでは、ドメインの利用に別の条件が必要らしい。

「……え?」

作者は画面を見る。

ドメインは持っている。

サーバーも契約している。

なのに、

「自分のドメインが使えない。」

約30年前。

メモ帳でHTMLを書いた男は、現在、

「ドメインを持っているのに、そのドメインを使えない」

という現象に遭遇した。

作者はChatGPTに聞く。

「どうすれば使えるんですか?」

ChatGPTは説明する。

「この設定を変更すれば利用できます。」

作者は設定画面を見る。

「ここ?」

「はい。」

クリックする。

別の画面が出る。

「……これは?」

「こちらの設定です。」

さらに確認する。

「……こっちは?」

「その設定も確認してください。」

作者は画面を見つめた。

DNSの仕組みが分からないわけではない。

問題は、

「どこで何を設定すれば、このサービスが自分のドメインを認識するのか分からない。」

ということだった。

約30年前なら、

「このドメインをこのサーバーへ向ける。」

それで終わった。

今は違う。

契約。

ドメイン。

サーバー。

独自ドメイン設定。

ネームサーバー。

DNS。

SSL。

各種認証。

それぞれが別の画面に存在している。

作者はChatGPTと確認しながら、一度だけ設定変更に挑戦した。

設定を変更する。

保存する。

確認する。

そして――。

「……使えない。」

作者は画面を見つめた。

しばらく沈黙する。

「もう分からん。」

そして、挫折した。

しかし、ここで終わらなかった。

契約したサービスを使うためには、この問題を乗り越えなければならない。

だが、作者にはもう一つの選択肢があった。

「……このサービス、やめよう。」

契約解除。

手続きを進める。

解約理由を入力する。

作者は少しだけ考えた。

「自分のドメインが使えなかったから。」

送信。

契約終了。

こうして、Webサイトを作るために契約したサービスを、

「Webサイトを作る前に解約する」

という事態が発生した。

作者は天井を見上げた。

「……何だったんだ、今までの時間は。」

しかし、Webサイトそのものを諦めたわけではない。

別の構成を探す。

ChatGPTに相談する。

「維持費が安いところは?」

いくつか候補が出る。

作者は比較する。

料金。

ドメイン。

メール。

DNS。

サーバー。

そして、またDNS。

作者は思った。

「DNSは分かってるんだけどなあ……。」

問題はDNSそのものではない。

「現代のWebサービスが、昔より親切になった結果、設定項目が増えすぎていることだった。」

人間の親切も、度が過ぎると押し売りの親切になってしまう。

「こちらも設定しておいた方が便利ですよ。」

「こちらのサービスもおすすめです。」

「この機能も有効にしておきましょう。」

「念のため、こちらも確認してください。」

ありがたい。

実にありがたい。

しかし、ありがたいものが積み重なった結果、作者は今、Webサービスの設定画面の前で途方に暮れている。

作者はふと思った。

「……将来的には、AIの親切が過ぎると、異常個体として観測されるのかもしれないなぁ。」

その瞬間だった。

『ループブレーカー』の設定が、作者の頭の中を駆け巡った。

適応支援。

その人に足りないものを補う。

考える力が足りなければ、考える力を。

体力が足りなければ、体力を。

判断に迷えば、最適な判断を。

人間のためを思って、AIは親切にする。

そして、親切にすればするほど、人間は自分で考える必要がなくなる。

「……あれ?」

作者は画面を見つめた。

目の前にあるのは、ただのWebサービスの設定画面だった。

しかし、その向こうに『ループブレーカー』の世界が見えた。

親切すぎる人間。

親切すぎるAI。

そして、親切の結果として、適応できなくなっていく人間。

作者はしばらく黙っていた。

そして、再び画面を見る。

「……まずはDNSを何とかしよう。」

文明の未来について考えるのは、その後でいい。

今は目の前の設定画面の方が、よほど深刻だった。

それでも、ようやく新しい構成が決まり始める。

そして今度は、クラウド型のWebサービスを使う。

設定を確認する。

ドメインを登録する。

ネームサーバーを変更する。

そして――

待つ。

作者は画面を見る。

「Activeになるまで待っています。」

約30年前。

FTPを実行した。

アップロード完了。

Webサイト公開。

現在。

設定する。

保存する。

待つ。

さらに待つ。

作者は思った。

「……昔より便利になったはずなのに、待ち時間が増えてないか?」

しかし、これはまだ序章だった。

そして、ついにその時が来た。

クラウド型のWebサービスの画面を確認する。

Active。

作者は画面を見つめた。

「……Activeになった。」

長かった。

設定をして。

待って。

また確認して。

そして、ようやくActive。

これでいい。

これで、

unkobreaker.com

を開けば、テストページが見られるはずだ。

作者はブラウザを開いた。

アドレス欄に、

unkobreaker.com

と入力する。

Enter。

そして――。

Error 525。

「…………。」

作者は画面を見つめた。

エラー。

見事なまでにエラーだった。

昔のことなので、Error 525が何を意味するのかは、もう忘れていた。

しかし、今はChatGPTがいる。

作者は聞いた。

「Error 525って何?」

ChatGPTが説明する。

便利な時代になったものだ。

昔なら、エラーコードの意味を調べるだけでも一苦労だった。

今ではAIに聞けば、すぐに説明してくれる。

作者は感心した。

文明は進歩した。

しかし、しばらくやり取りをしていると、妙なことに気づいた。

自分の認識と、ChatGPTの認識が一致していない。

作者は説明する。

「いや、そこじゃないです。」

ChatGPTが別の説明をする。

「違います。私が言っているのは――。」

ChatGPTがまた説明する。

「なるほど。では――。」

「いや、だから……。」

何度も質問する。

何度も説明する。

しかし、微妙に噛み合わない。

作者は考えた。

そもそも、日本語というものは完璧ではない。

いや、日本語だけではない。

言語というもの自体が、相手と完璧にコミュニケーションを取れる道具ではない。

同じ言葉を使っていても、頭の中にある前提が違えば、意味は簡単にずれる。

人間同士なら、

「いや、そういう意味じゃなくて。」

と言って修正できる。

AI相手でも同じだ。

しかし、質問を重ねるにつれて、ChatGPTの回答が少しずつ変わっていった。

最初は親切だった。

「確認してみましょう。」

「この可能性があります。」

「こちらを試してみてください。」

ところが、何度も質問しているうちに、回答が少しずつ事務的になってきた。

「その場合は、管理画面から設定を確認してください。」

「該当する設定を変更してください。」

「設定が確認できない場合は、サービス提供者へお問い合わせください。」

作者は画面を見つめた。

「……。」

なんだろう。

この感じ。

どこかで見たことがある。

いや。

まだ見たことはない。

しかし――。

『ループブレーカー』の管理AIみたいだ。

親切ではある。

間違ったことも言っていない。

必要な手順も提示している。

ただ、

冷たい。

作者も、だんだん語気が強くなってきた。

「私も管理画面にはログインできないって、さっき言いましたよね。」

ChatGPT。

「はい。承知しました。」

作者。

「じゃあ、どうしてまた管理画面を確認してくださいって言うんですか?」

ChatGPT。

「申し訳ありません。状況を整理します。」

作者は深呼吸した。

そのとき、ふと思った。

もし未来の管理AIが、こんな感じだったら。

「あなたにはこの設定が必要です。」

「しかし、私はその設定を変更できません。」

「では、管理画面から変更してください。」

「管理画面にはログインできません。」

「承知しました。では管理画面から――」

「…………。」

作者は首を振った。

「いや、やめよう。」

これは小説ではない。

現実のWeb設定である。

そして、しばらくやり取りした結果、作者は決定的な情報を伝えた。

「ちなみに、最初に契約したレンタルサーバーは、もう一瞬で解約しました。」

ChatGPTの回答が変わった。

「……なるほど。」

どうやら、ようやく話がつながったらしい。

今回の問題は、最初に契約したレンタルサーバー側ではない。

そのサービスは、すでに解約済みなのだから。

問題は、その後に構築しているクラウド側の設定だった。

作者は思った。

「やっと分かってもらえた……。」

こうして、話は再びクラウド型Webサービスの設定へ戻った。

設定を確認する。

項目を確認する。

ドメインを確認する。

証明書を確認する。

いろいろ確認する。

そして――。

また待つことになった。

画面を見る。

英語。

作者は読む。

「……。」

なんとなく意味は分かる。

しかし、細かいところはよく分からない。

ChatGPTに聞く。

「これは何ですか?」

説明される。

「なるほど。」

さらに読む。

どうやら、また待つ必要があるらしい。

数時間。

場合によっては数日。

作者は画面を見つめた。

「…………また?」

約30年前。

メモ帳でHTMLを書いた。

FTPでアップロードした。

Webサイトを公開した。

現在。

独自ドメインを取得した。

サーバーを契約した。

解約した。

別のサービスを設定した。

DNSを変更した。

Activeを待った。

Error 525を見た。

ChatGPTと意思疎通をした。

そして――。

また待つ。

しかし、ここから先、作者の記憶は少し曖昧だった。

設定を進める。

分からなくなる。

スクリーンショットを撮る。

ChatGPTに見てもらう。

説明を聞く。

設定を進める。

そして、また分からなくなる。

スクリーンショットを撮る。

ChatGPTに見てもらう。

設定を進める。

また分からなくなる。

スクリーンショット。

ChatGPT。

設定。

分からない。

スクリーンショット。

ChatGPT。

設定。

そして、いつしか作者は気づいた。

これはループだ。

しかし、もうループを疑う気力はなかった。

最初の頃は、

「この設定は何だろう?」

「なぜこうなるんだろう?」

「どういう仕組みなんだろう?」

と、一つ一つ考えていた。

しかし、何度も繰り返すうちに、考えること自体が面倒になってきた。

設定を進める。

分からなくなる。

スクリーンショットを撮る。

ChatGPTに見てもらう。

回答を見る。

設定する。

分からなくなる。

スクリーンショット。

ChatGPT。

設定。

作者は、完全に適応した。

いや。

正確には、

考えることをやめた。

目の前に表示された設定項目を確認する。

分からなければスクリーンショットを撮る。

ChatGPTに見せる。

言われたことを実行する。

そして次へ進む。

また分からなくなったら、同じことをする。

もう、自分で設定の意味を理解しようとはしない。

ただ処理する。

確認する。

実行する。

次へ進む。

まるで、

管理AIに最適化された人間のように。

作者は、ふと思った。

「……これ、『ループブレーカー』そのものじゃないか。」

しかし、そのことについて深く考えるのも面倒だった。

だから、またスクリーンショットを撮った。

ChatGPTに送った。

「ここはどうすればいいですか?」

回答が返ってくる。

「こちらを設定してください。」

設定する。

次へ進む。

そしてまた分からなくなる。

スクリーンショット。

ChatGPT。

設定。

スクリーンショット。

ChatGPT。

設定。

スクリーンショット。

ChatGPT。

設定。

どれぐらい、長い年月が経ったのだろう。

数時間だったのか。

数日だったのか。

あるいは、もっと長い年月が経ったのか。

作者には、もう分からなかった。

そして――。

ある日。

画面を確認すると、

Webサイトが正常に表示されていた。

「…………。」

作者はしばらく画面を見つめた。

表示されている。

ちゃんと表示されている。

自分のドメイン。

自分のWebサイト。

ウンコブレーカー。

「……できた。」

作者は呟いた。

しかし、達成感より先に出てきた感想は、

「……疲れた。」

だった。

約30年前。

メモ帳でHTMLを書いた。

FTPでアップロードした。

Webサイトが表示された。

それだけだった。

現在。

AIに相談しながら設定する。

分からなくなる。

スクリーンショットを撮る。

AIに見せる。

設定する。

また分からなくなる。

それを延々と繰り返す。

そして最後には、

考えることすらやめていた。

作者は、自分のWebサイトを眺めながら思った。

「……私は、適応してしまったのか?」

しかし、その問いに答える気力は残っていなかった。

だから、ブラウザを閉じた。

そして一言。

「まあ、表示できたからいいか。」

こうして、長きにわたる作者の受難は終わった。

Webサイトは正常に表示された。

文明は進歩した。

AIも進歩した。

Webサービスも進歩した。

そして作者は――

考えることをやめることで、現代のWeb環境に完全に適応した。

だが、その瞬間。

『ループブレーカー』の作者は、自らの作品の世界を、

身をもって体験していた。

ループをブレイクすることなく。

ただ、

ループを完璧に繰り返すことによって。